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札幌高等裁判所 昭和45年(う)60号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役拾五年に処する。

原審における未決勾留日数中弐百五拾日および当審における未決勾留日数中百五拾日をいずれも右本刑に算入する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人横路孝弘、同黒木俊郎(主任)、同江本秀春共同提出の控訴趣意書および「控訴趣意の補充」と題する書面に各記載されたとおりであるから、ここにいずれもこれを引用し、これに対しつぎのように判断する。

控訴趣意中法令適用の誤の論旨について

論旨は、原判決は、被告人の本件所為につき刑法二〇〇条を適用しているが、同条は憲法一四条に違反する無効の規定であるから、本件についても当然刑法一九九条の通常殺人罪の規定が適用されるべきである。したがつて、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤がある、というのである。よつて審按するに、刑法二〇〇条が憲法一四条に違反するものでないことは、すでに最高裁判所大法廷の判例とするところであり、当裁判所もこれに従うのを相当と認めるから、本件につき刑法一九九条でなく、同法二〇〇条を適用した原判決の適条は相当であつて違法はない。所論は独自の見解であつて、とるを得ず、論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の論旨について

よつて審按するに一件記録および当審事実調の結果にあらわれた本件犯行の動機、罪質、態様、結果および犯行後の情状すなわち、本件は、原判示のとおり父由吉と原判示自宅で僧侶を招き亡母の百日忌と亡弟の命日の法要を営んだうえ、一時間位ともに酒を酌みかわした後父由吉が酔余熟睡し無抵抗の状態であるのに、同人を紐を用いて絞殺した残酷な犯行であつて、父との間に過去幾多のあつれきがあり憤まんの情がうつ積していたにせよ、当時父を殺害しなければならないほど差し迫つた事情は毫も存在しなかつたことも明らかであり、被告人が犯行直後父由吉の所持金七万余円を奪い、その死体を押入れ内に隠したうえ、友人とともに酒を飲み歩き、その後一週間近くの間も、いたずらに飲酒にふけるのみで、とくに改悟の情を汲みとれる態度がなかつたこと等の諸事情に徴すれば、被告人の刑責はまことに重大であるといわねばならず、これを無期懲役刑に処した原判決の量刑はあながち首肯できないことはない。しかしながら、他方、一件記録ならびに当審事実調の結果によれば、被告人は幼少より、経済的には極貧に近く、しかも父由吉が家計を顧みず大酒家で酒乱の傾向があり、被告人および家族に対し横暴な振舞多く、ために所論の指摘するような暗く重苦しい家庭環境のもとに成育した者であること、由吉は利己的で被告人に対し、かつて普通の父親らしい愛情を示したこともなく、とくに、母ふぢえが交通事故で死亡した後は、その飲酒癖はいつそう激しくなり、自らは朝から酒びたりで家業の洋服仕立の仕事はまつたくせず、これを被告人にのみやらせ、その収益金の一部だけを被告人に与え、そのあげく、母の交通事故による補償金を入手するやこれを被告人に横取りされるのではないかと異常なまでの猜疑心を抱き、被告人に絶えず警戒の態度を示していたこと、一方、被告人は「未熟で未分化な人格構造」を有し、「情動緊張状態のもとにあれば、短絡反応を示し易い性格、行動傾向」を有するものであること等の事実が明らかであり、これによれば、本件犯行は、由吉から受けた長年にわたる理不尽な仕打ちに対するうつ積した憤まんの念が、前夜来の疲れと法要の席の酒の酔いに触発されて一時に爆発し、被告人を衝動的に短絡的な反応に走らせたものと認めるのが相当である。そして、被告人が前記のとおり劣悪な家庭環境のもとに成育した者であること等に照らすと、被告人の前記のような人格形成の責任を、挙げて被告人一人にのみ帰せしめるのは、いささか酷に失すると認められる。果たして然らば、本件犯行は、前記のようなその手口の残酷さにも拘らず、その動機においてなお相当の同情の余地がないとは言えない。のみならず、一見不可解とも見える被告人の犯行後の前記行動も、その未熟未分化な前記人格構造を前提にしてこれを見れば、必ずしも原判示のように、これを被告人の冷酷無残な性格のあらわれであると決めつけなければならないわけのものではなく、所論のいうように、被告人が、何をなすべきかの適切な判断ができないため酒に逃避して何らなすこともなくただいたずらに時を打ち過ごしていたにすぎないと解する余地がないではない。以上の諸点に加え、被告人の年令、性行、経歴とくに被告人が未だ二三歳の前途ある青年であり、無銭飲食のかどで一回起訴猶予処分に付されたことのあるほか、前科前歴を有せず、これまで洋服仕立職人としてまじめに稼働してきた者であること等記録上明らかな一切の事情に照らして考察すれば、被告人に対する原判決の量刑は、結局重きに失して不当であるというのほかなく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、当審においてただちに、つぎのとおり自判する。

原判決が適法に確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は、刑法二〇〇条に該当するので所定刑中無期懲役刑を選択し、前記の情状を考慮し、同法六六条、六八条二号により減軽した刑期範囲内で被告人を懲役一五年に処し、同法二一条に則り、原審における未決勾留日数中二五〇日および当審における未決勾留日数中一五〇日をいずれも右本刑に算入し、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、原審における訴訟費用は、その全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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